レビュー

怒りと悲しみ 澤地久枝

『密約』はものかきとしてのわたしの2冊目の本です。国家公務員法違反の裁判が刑事か民事かわからないという無知の状態で裁判を傍聴にゆき、惑いながらとうとう1冊の本を書くところまで自分を追いつめていった日々を、いまなつかしく思い出します。 千野監督、福富プロデューサー、そして長谷川公之氏の脚本。モーニングショーの「女の学校」のゲスト出演などで縁の深かったテレビ朝日でドラマ化され、1冊の本はわたしの手をはなれ、独自の作品になりました。
それから10年の時間が過ぎています。
製作の当初から、いずれ劇場公開したいということで、フィルムのサイズも選ばれながら、実現までに10年もかかったということになります。 製作にかかわったSHPは、亡くなった向田邦子さんが属していたプロダクションです。有名な遅筆の向田脚本をシンボウづよく待った中村さんが、この企画の中心にいて、テレビの放映後、向田さんがはずんだ声で電話をくれた頃のことも忘れられません。
『密約―外務省機密漏洩事件』という1冊の本に、わたしは日本の民主主義の悲しい貧困、不毛の精神土壌への怒りをこめました。 責任を問われ、裁かれるべきであったのは、沖縄返還交渉において米国政府と密約を結び、国会においても欺瞞に終始した佐藤栄作内閣と外務省首脳であったはずです。 しかし、検察側の起訴状に「ひそかに情を通じ」「しつように申し迫ったうえ」云々と書かれた新聞記者と女性事務官の個人的問題にすりかえられ、「密約」はついに不問に付されたまま現在にいたっています。

すりかえを許したわたしたちの側の弱さに、わたしは歯がみする思いでした。恋愛も不倫も、個人的な問題に過ぎません。国民を欺いた政治家の責任の大きさと重さとは比較のしようもない「情通問題」の目つぶしが効果的であった日本の社会。わたしは半ベソをかいているような怒りにかられて、素朴な筆致でむきになって原稿を書いています。
しかし、この1冊によって新聞記者を志したという記者の取材を何度も受けることになって、ものかき冥利の経験もかさねました。ある種の正義感が四十代早々のわたしをかりたて、むきにさせたところがあります。現在のわたしはもうすこし老練でしたたかかも知れないし、あまり変っていないともいえそうです。
テレビドラマの「密約」は、ドキュメンタリータッチの爽やかな志高い作品でした。明るい美しい画面が印象的でした。心のこりは、系列局の関係で沖縄では放映されなかったことです。このテーマがすこしも古くはならず、今日的な意味をもちつづけていることに、わたしの痛恨があります。
映画上映の道が10年目に開かれたことで、沖縄の人々にも見てもらえる可能性が生れました。それを喜びたいと思います。
10年の間には多くのことがあり、「密約」という言葉は日本の政治の体質が論じられるとき、日常的になってしまった感じさえあります。とうとう、国家機密公開の法制化はなされぬまま現在にいたりました。たとえばアメリカの場合、国家機密は一定年限ののちに公開の原則が確立されています。同時に、表裏の関係のものとしてプライバシー・アクトがあって個人の秘密を保護しています。

「密約」事件以来、官庁はやたらに「秘」の判を書類に押すようになったといいます。
最高裁は西山記者を有罪とした控訴審(第一審では無罪)を支援し、上告棄却としましたが、それでも取材の自由は原則的に認める判断を示しています。しかし、ますます強固になる国家機密の壁によって、ジャーナリストの仕事は、10年前に比べてさらに困難なものになったという実感があります。この上さらに国家機密法を制定しようという動きが執拗にくりかえされ、有権者はその良識と知性、権利意識を試されている現状ではないでしょうか。
わたしはこの16年間に28冊の本を書き、かつての陸軍および海軍が極秘資料として封印し、闇に消し去った歴史事実をさぐる仕事に出会いました。その結果わたしに投げつけられた非難は、「アカ」よばわりであり、左翼作家とも書かれました。
旧憲法時代の、無条件降伏によって完全に解体した国家軍隊の極秘資料でさえ、それに係わることは、いまもなおタブーであるかのようです。
時々刻々、わたしたちの知らない歴史のページがつみかさねられてゆきつつあることを思わずにはいられません。
西山・蓮見両氏が身柄を拘束されたあと、昭和46年4月14日の「毎日新聞」夕刊に、大島渚氏が書いています。
「言論の自由というような抽象的な問題に立戻ってはいけない。佐藤首相の人間的反応にふりまわされてはいけない。問題は、あくまで佐藤内閣が私たちに何をしたかだ。知る権利などというのは自明のことだ。極秘資料のスッパ抜きに次ぐスッパ抜きを!今こそ日本中を、スッパ抜きした極秘資料でもってあふれかえさせること。……」
このとき、わたしはまだ大島さんと面識はありませんでしたが、心から共感しました。大島さんはまだ30代。事態の本質を適確に見抜いています。
朝日新聞支局襲撃、記者の殺傷という事件に象徴されるように、政治が右旋回するときに標的となるのは「言論」です。半歩でも後退すれば、テロリストたちの意図は達成されます。
問題の本質はなんであるのか、確認し直視しつづける姿勢をいまほど求められていることがあったろうかと思います。そのよきテキストとしての映画「密約」を一人でも多くの人々に見ていただきたいと思います。
西山記者の弁護団中最年少であり、ドラマ化にあたって献身的な補佐をしてくださった西垣道夫弁護士が若くしてガンで斃れた悲しみをかさねて、生きている人間のなすべきことを熱い思いで考えています。